『国文研究』掲載論文一覧(1991年〜2000年)
第45号(2000年3月)
稲川順一「川端康成使用の外来語―外来語調査の全体像の中で―」
米谷隆史「男節用集如意宝珠大成の編纂をめぐって」
佐々木綾「上代日本文学における夢―旅人と家持、その作風の相違―」
松下裕美「日本における〈蓬莱山〉の受容について」
甲斐朋子「複合動詞「~こむ」の程度深化の用法をめぐって―方向性添加の用法と一箇所集中の用法からの派生―」
福田嘉一郎「天草本平家物語の助動詞ラウ」
第44号(1999年3月)
鈴木元「「唐梅」考」
田中美樹「浄瑠璃本の仮名表記―『曽根崎心中』について―」
中尾美香「磯良の変質―「吉備津の釜」における一つの悲劇―」
加来流水「『豊饒の海』論―本多繁邦を中心に―」
藤原恭子「『源氏物語』朧月夜の生涯」
吉村仁里「和辻哲郎『風土』における「間柄」の考察」
松岡倫子「向田邦子論―ずっと書いていたひと―」
第43号(1998年3月)
登尾豊「検証・露伴と熊本」
古川忍「六条御息所の造型―自己表現としての物怪―」
右田久子「鉢かづき姫への変貌」
中村博美「「何処へ」論―菅沼健次の人物造型を中心に―」
吉永智子「中島敦論」
松本久枝「命名について―上代の人名を中心に―」
新堀史絵「敬語表現における熊本方言―ス・サス表現を中心として―」
甲斐朋子「複合動詞「~こむ」の分類とその用法」
第42号(1997年3月)
小櫃万津男「脚本翻訳論争」
白石智子「出雲方言の位置―日本言語地図を利用して―」
山岡利江「擬音語・擬態語の研究」
禿河真樹子「拒む女―『伊勢日記』の虚構性について―」
中村綾「『恋重荷』論―『綾鼓』との比較を中心に―」
寺本弓江「金子みすゞ論」
第41号(1996年3月)
稲川順一「方言伝播に及ぼす海の影響」
宮崎希子「親族呼称における通時的考察―親族呼称にみる原始からの遺伝―」
桑畑千恵子「謙譲の補助動詞の考察」
村上理麻「「有明の別れ」論―「とりかへばや物語」との比較を通して―」
山口まみ「「撰集抄」論」
川村佳代子「『心中天の網島』考―子春とおさんの義理について―」
野口朋子「岩野泡鳴論」
第40号(1995年3月)
福田益和「日本語における南島語的要素」
河野千穂「「風に紅葉」冒頭文の独自性」
池田悦子「「天草版伊曽保物語」の語彙と語法」
高群敦子「九州における言語伝播の比較研究」
本田幸「「宗尊親王論」―源実朝との比較を通して―」
岡田紀子「「椿説弓張月」の真鶴像」
亀井美由紀「野上弥生子論」
宮崎路子「万葉集における七夕伝説の構成―人麻呂歌集七夕歌群から―」
第39号(1994年3月)
小櫃万津男「忍月・鴎外の俳優学校論争」
二羽理香「樋口一葉の小説の文体について」
菊永郁子「雲居雁創造」
和田知子「中国人学習者に対する漢字教育―字体・音訓・漢語の問題点と指導法―」
本村育子「西行試論―勅撰集における消長を中心に―」
上田ひろ子「「芦屋道満大内鑑」についての一考察―葛の葉狐を中心に―」
峰村裕子「向田邦子論」
三重野ゆか「資料紹介―開高健『日本三文オペラ』関連記事」
福山寿子「日本語教育における「助詞」の導入について」
第38号(1993年5月)
稲川純一「四国方言の分類と位置―日本言語地図を利用して―」
松下倫子「近代能楽集―「源氏供養」試論―」
川原賀代子「あらいたはしや敦盛は―中世語としての「あら」をめぐって―」
松田明子「ことわざ慣用句における誤用の考察―その原因と世代間にみる違い―」
古田伊都子「「源氏物語」における鈍色の世界」
黒岩ユカ「鹿の谷事件の位置」
栗林有加「「忠臣蔵」本蔵考―その死への行動に就て―」
久保恵美「堀辰夫の文学観―その確立までをたどる―」
第37号(1991年3月)
出口逸平「竹里像をめぐって―井上ひさし『小林一茶』―」
河端由美「平安朝文学における「黄」およびその文字のふるまい」
渕上美恵・松田明子「祥明女子大学における日本語教育実習 第一回報告」
今村順子「謙譲の補助動詞についての一考察」
岡本美穂「「安愚楽鍋」におけることばの様相―廃語と片仮名表記語の面から―」
下山真理「「本朝櫻陰比事」論」
中山伸子「宗尊親王の和歌―実感実情歌を中心として―」
平山典子「浮舟についての試論」
松尾貴子「「女三の宮」造型について」
三重野由加「『世界の終りとハ―ドボイルド・ワンダ―ランド』論」