こいずみ やくも
小 泉 八 雲
日本を好きになっちゃった
→漢字少なめのページ
6歳で両親が離婚し、母とは生き別れになり父には捨てられた。幼いころは、
ブレナン夫人
と過ごす。16歳のときに学校の遊具に誤って左目を打って失明してしまう。そのため、
34歳でアメリカの万博へ行き日本に興味をもつ。その後、
エッセイ
を書くために日本に来た。島根県松江で英語の先生として働き、小泉セツさんと結婚した。1891年11月松江の冬が寒かったため、熊本へ3年間移住した。このときの住まいは今も熊本市に残っている。46歳で日本に
帰化
し、名前を「
日本的なものが大好きで、
エッセイ
や
創作
を英語で書き、当時の日本を世界へ広めた。代表的な作品には、『日本雑記』『東の国から』『怪談』『
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